スマホを持っていても「使えない」現実
NTTドコモ モバイル社会研究所の2025年調査によると、60代のスマホ所有率は94%、70代でも84%に達しています。数字だけ見ると、シニア世代のデジタル化は順調に進んでいるように見えます。
でも、所有率と利用率は別の話です。野村総合研究所の調査では、スマホを持っている高齢者の約半数が、十分に使いこなせていないと報告されています。Webでの情報収集が「ある程度できる」と答えた人は約6割。予約手続きなど少し複雑な操作になると、半数以下に落ち込みます。
VoicyCareを開発するとき、私はまず自分の親にいくつかの音楽アプリを試してもらいました。結果は正直なところ惨敗でした。「どこを押せば曲が流れるの?」「この英語なに?」「音が小さくて聞こえない」。スマホ自体は毎日使っているのに、新しいアプリを入れた途端に固まってしまう。これがリアルな姿です。
高齢者がアプリで困る原因は、だいたい次の4つに集約されます。
- 画面が複雑:機能が多いアプリほどメニューの階層が深い。「設定」を開いたら元の画面に戻れなくなる
- 文字・ボタンが小さい:曲名が読めない、タップしたつもりが隣のボタンに当たる
- 音量が足りない:加齢性難聴があると、スマホの最大音量でも不十分なことがある
- 聞こえ方そのものが変わっている:高音域から聞こえにくくなるため、歌詞がぼやける、楽器の音が不明瞭になる
この記事では、こうした実際の困りごとに対して何ができるかを具体的に書いていきます。
音楽アプリを選ぶときに見るべき5つのポイント
1. 文字とボタンの大きさ
これが一番大事です。曲名やアーティスト名が読めなければ、そもそも聴きたい曲を探せません。
iPhoneの「設定」→「アクセシビリティ」→「画面表示とテキストサイズ」→「さらに大きな文字」でシステム全体の文字を拡大できます。ただし、アプリ側がこの設定に対応していないと文字サイズは変わりません。アプリ自体が最初から大きめの文字で設計されているものを選ぶのが確実です。
ボタンについても、指の腹全体で押せるくらいの大きさがあると、「正確にタップしなきゃ」というプレッシャーがなくなります。UXの専門家であるニールセン・ノーマン・グループは、高齢者向けのタッチターゲットは最低でも44x44ピクセル以上を推奨しています。
2. 操作のシンプルさ
「再生」「停止」「次の曲」「音量調整」。音楽を聴くために本当に必要な操作はこれだけです。
ところが多くの音楽アプリには、SNSシェア、おすすめアルゴリズム、プロフィール設定、ポッドキャスト、歌詞表示など多数の機能が詰め込まれています。若い世代には便利でも、シニアにとっては「触ったら何か変なことになるかも」という不安のもとです。
VoicyCareの設計では、画面ごとの役割を一つに絞ることを意識しました。再生画面は再生だけ、プレイリスト画面はプレイリストだけ。「迷子にならない」ことを最優先にしています。ただ正直に言うと、機能が少ない分、Apple MusicやSpotifyにあるような楽曲レコメンドや歌詞のリアルタイム表示はありません。
3. 音量増幅
国立長寿医療研究センターの疫学研究(NILS-LSA)によると、65〜69歳の男性の約44%、女性の約28%に軽度以上の難聴が見られます。75歳を超えると男性の7割以上、女性の約67%です。加齢性難聴はごく普通のことで、恥ずかしいことでも特別なことでもありません。
軽度〜中等度の難聴がある場合、iPhoneの最大音量では音楽が十分に聞こえないことがあります。音量をシステム上限の100%以上に増幅できるアプリなら、外付けスピーカーを買わなくても手持ちのイヤホンで対応できます。無料で使える音量増幅アプリの比較は音量増幅アプリ無料おすすめ5選でまとめています。
ただし、注意点があります。音量を上げすぎると聴力をさらに傷める可能性があります。85dB以上の音を長時間聴くと内耳の有毛細胞にダメージを与えるとされています。音量増幅は「足りない分を補う」程度にとどめ、後述するイコライザーと組み合わせるのがおすすめです。
4. オフライン再生
シニア世代のなかには、データ通信量の少ないプランで契約している方が少なくありません。ストリーミング再生は通信量を消費するので、「ギガが減る」ことへの不安が生まれます。
端末に保存した音楽ファイル(CDから取り込んだ曲など)を再生できるアプリなら、通信量はゼロです。VoicyCareはこのタイプのアプリで、端末内のファイルだけを再生します。逆に言えば、SpotifyやApple Musicのようにアプリ内で新しい曲を検索・再生することはできません。すでに持っている曲を「もっと良い音で、もっと聴きやすく」するためのアプリです。
5. 日本語対応
メニュー・ボタン・エラーメッセージが日本語で表示されることは前提条件です。英語表記のアプリは、何か問題が起きたときにお手上げになります。
離れて暮らすお子さんやお孫さんに電話で操作を聞くときも、画面が日本語なら「左上の"戻る"を押して」と伝えられます。「Back」では通じません。
音楽アプリ比較:正直な一覧
高齢者が使うことを前提に、主要な音楽アプリを比較しました。VoicyCareの開発者として、自分のアプリの強みだけでなく弱みも含めて正直に書きます。
| アプリ名 | 文字の大きさ | 操作の簡単さ | 音量増幅 | イコライザー | 料金 |
|---|---|---|---|---|---|
| VoicyCare | 大きい | とても簡単 | 200% | 5バンド | 無料 |
| Apple Music | 標準 | やや複雑 | なし | あり | 月額1,080円 |
| Spotify | やや小さい | やや複雑 | なし | あり | 無料/月額980円 |
| YouTube Music | 標準 | やや複雑 | なし | なし | 無料/月額1,280円 |
| らくらくスマホ標準 | 大きい | 簡単 | なし | なし | 無料 |
VoicyCare ― 開発者として伝えたいこと
VoicyCareは、聞こえにくさを感じている方がスマホで音楽を楽しめるように作った無料の音楽プレイヤーです。音量200%増幅と5バンドイコライザーが主な機能で、画面は大きなボタンと読みやすい文字サイズで構成しています。
端末内の音楽ファイルを再生するオフライン専用アプリなので、通信料はかかりません。広告も課金もありません。
できないことも書いておきます。ストリーミング再生には対応していないので、新しい曲をアプリ内で探すことはできません。歌詞表示機能もありません。あくまで「手持ちの曲を、自分の耳に合った音で聴く」ためのアプリです。曲の入手はiTunes(Apple Music)やCDからの取り込みが必要で、ここは家族のサポートがあると助かるところです。
Apple Music
1億曲以上が聴き放題のストリーミングサービスです。演歌、歌謡曲、クラシックと幅広くカバーしています。Siriに「〇〇をかけて」と話しかければ再生できるので、画面操作が苦手でも音声で使える点は大きな強みです。
一方で、メニュー構成はやや複雑です。イコライザーの設定はアプリ内ではなくiPhoneの「設定」アプリから行う必要があり、この導線はわかりにくいです。音量増幅機能はありません。月額1,080円がかかります。補聴器を使いながらApple Musicで音楽を聴く場合の注意点については補聴器で音楽が聞こえにくい時の解決法もあわせてご覧ください。
Spotify
無料プランでも広告付きで楽曲を聴けるストリーミングサービスです。「昭和歌謡ベスト」「リラックスクラシック」など、プレイリストが豊富に用意されています。
ただ、UIの文字は全体的に小さめで、画面内の情報量が多いです。おすすめ、ポッドキャスト、SNS連携など機能が盛りだくさんな分、「音楽を聴くだけ」の人にはノイズになりがちです。音量増幅機能はありません。
YouTube Music
ミュージックビデオも一緒に楽しめるのが特徴です。懐かしい歌手のテレビ出演映像や、他のサービスにはないCMソングが見つかることもあります。映像と音楽をセットで楽しみたい方には向いています。
無料プランでは広告が入り、バックグラウンド再生もできません(画面を閉じると音楽が止まる)。イコライザーと音量増幅はどちらも非対応です。
らくらくスマートフォン標準アプリ
ドコモのらくらくスマートフォンに最初から入っている音楽プレイヤーです。大きな文字と最低限のボタンで構成されていて、操作に迷うことは少ないです。
ただし、イコライザーと音量増幅は非搭載のため、聞こえにくさへの対応は限定的です。らくらくスマートフォン以外の端末では使えません。
実用的なTips:スマホで音楽を聴くときのコツ
イヤホン選び ― 安全性を最優先に
骨伝導イヤホンやオープンイヤー型のイヤホンをおすすめします。耳の穴を塞がないので、音楽を聴きながらでも家族の声やチャイム、外出時の車の音が聞こえます。
カナル型(耳栓型)は遮音性が高い分、周囲の音が遮断されます。自宅で一人のときに使う分には問題ありませんが、散歩中や台所での使用は避けたほうがよいでしょう。
自宅でゆっくり聴くなら、Bluetoothスピーカーで部屋全体に流す方法もあります。イヤホンが苦手な方にはこちらのほうが気楽です。
iPhoneのアクセシビリティ設定を活用する
iPhoneには、シニアの方の使い勝手を良くする設定がいくつかあります。音楽アプリと組み合わせると効果的です。
- 文字サイズの拡大:「設定」→「画面表示と明るさ」→「テキストサイズ」で調整。さらに大きくしたい場合は「設定」→「アクセシビリティ」→「画面表示とテキストサイズ」→「さらに大きな文字」をオンに
- 太字テキスト:「設定」→「画面表示と明るさ」→「太字テキスト」をオン。これだけで読みやすさがかなり変わります
- ヘッドフォン調整:「設定」→「アクセシビリティ」→「オーディオとビジュアル」→「ヘッドフォン調整」で、聞こえに合わせた音質の自動調整ができます
音量と聴力保護のバランス
「聞こえないから音量を上げる」は自然な行動ですが、それだけだと聴力をさらに悪化させるリスクがあります。
WHOの基準では、85dB以上の音を1日8時間以上聴き続けると聴力障害のリスクがあるとされています。音量を上げる前に、まずイコライザーで聞こえにくい周波数帯を補正することを試してみてください。全体の音量を上げるより耳への負担が少なく、音楽のバランスも崩れにくいです。
iPhoneの「設定」→「サウンドと触覚」→「ヘッドフォンの安全性」→「大きな音を抑える」をオンにしておくと、音量の上限を設定できます。ご家族が代わりに設定してあげるのもよいでしょう。
家族ができるサポート
シニアのスマホ利用で一番のハードルは、最初の設定です。アプリをインストールして、曲を入れて、イコライザーを調整するところまでを家族が手伝えると、その後は一人で使えることが多いです。
- 初期設定を済ませておく:アプリのインストール、CDからの曲の取り込み、イコライザーの初期調整まで
- プレイリストを作っておく:「お気に入り」「朝の曲」「演歌」など、わかりやすい名前でまとめる
- 紙の操作メモを添える:「このアイコンを押す→この画面が出る→ここを押すと再生」とスクリーンショット付きで書く。アナログですが、一番確実です
- ときどき声をかける:「音楽アプリ使えてる?」の一言で、小さなトラブルを早期に解決できます
加齢性難聴のこと ― 音量だけでは解決しない理由
加齢性難聴は「全体的に音が小さくなる」と思われがちですが、実際はもう少し複雑です。
国立長寿医療研究センターの大規模疫学研究(NILS-LSA)のデータでは、65〜69歳の男性の約44%、70〜74歳では約51%に軽度以上の聴力低下が見られます。80歳以上では男性の84%、女性の73%です。つまり、年齢を重ねれば多くの人が経験することであり、特別な病気というよりは老眼と同じような体の変化です。
加齢性難聴の特徴は、高い周波数の音から先に聞こえにくくなることです。低い音はそこそこ聞こえるのに、高い音が弱くなる。音楽で言えば、こんな困りごとが起きます。
- ボーカルの歌詞が聞き取れない(子音の「さ」「た」「は」行が弱くなる)
- バイオリンやフルートの音色がぼやける
- シンバルやハイハットの細かい音が消える
- 全体的にこもった感じに聞こえる
この状態で音量だけを上げると、もともと聞こえている低音域がさらに大きくなるだけで、バランスが悪くなります。しかも大音量は残っている有毛細胞を傷つけ、難聴の進行を早める恐れがあります。
イコライザーという選択肢
補聴器が何をしているかというと、使用者の聴力パターンに合わせて周波数ごとに増幅率を変えています。高音域が聞こえにくい人には高音域を多めに増幅し、低音域はそのまま。
音楽アプリのイコライザーも原理は同じです。聞こえにくい帯域だけを持ち上げて、聞こえている帯域はいじらない。全体の音量を上げるより耳に優しく、音楽本来のバランスに近い状態で聴けます。
もちろん、アプリのイコライザーは補聴器の代わりにはなりません。補聴器はオージオグラム(聴力検査の結果)に基づいて専門家が精密に調整するもので、日常会話の聞き取りまでカバーします。VoicyCareのイコライザーはあくまで「音楽を聴くとき」に自分で調整できるツールです。補聴器とアプリの違いについて詳しくは補聴器 vs 音量増幅アプリ:違いと使い分けガイドをご覧ください。日常的に聞こえにくさを感じている方は、まず耳鼻咽喉科を受診されることをおすすめします。
VoicyCareのイコライザーの使い方
VoicyCareの5バンドイコライザーでは、低音域から高音域まで5つの帯域をスライダーで個別に調整できます。高音域のスライダーを上げると、歌詞の子音やバイオリンの高音がはっきりしてきます。
「スライダーを動かすのは難しそう」という方は、プリセットの「はっきり」モードを選んでください。高音域を強調した設定が自動で適用されます。これだけでも聴こえ方がだいぶ変わるはずです。
音量200%増幅と組み合わせれば、全体の音量を控えめにしつつ、聞こえにくい帯域を補正できます。「大きすぎず、でもちゃんと聞こえる」バランスを目指しました。
音楽を聴くことの意味 ― 研究が示すもの
ここまでアプリの使い方の話が続きましたが、そもそも「なぜ高齢者にとって音楽が大切なのか」についても触れておきます。
ミシガン大学が2024年に発表した調査では、50〜80歳の人のうち約75%が「音楽がストレス解消やリラックスに役立つ」と回答し、65%が「気分やメンタルヘルスの改善に役立つ」と答えています。
日本でも、国立長寿医療研究センターが音楽療法の効果を検証しています。認知症ケアの現場では「回想法」――懐かしい曲を聴いて当時の記憶を呼び起こす手法――が広く使われています。山形大学の2024年の研究では、構造化された音楽療法プログラムにより参加者の食事量や意欲が改善したと報告されています。
ただし、音楽療法のエビデンスレベルは現時点ではまだCランク(科学的根拠は限定的)です。「音楽を聴けば認知症が治る」というわけではありません。それでも、好きな音楽を聴くことが気分を良くし、日常に張りを与えてくれることは、多くの人が経験的に知っていることでしょう。
大事なのは、聞こえにくさがハードルになって音楽から離れてしまわないことだと思います。
VoicyCare ― 聞こえに合わせた音楽プレイヤー
音量200%増幅と5バンドイコライザーで、自分の耳に合った音で音楽を聴けます。大きなボタンとシンプルな画面設計。無料・広告なし・課金なし。端末内の音楽ファイルを再生するオフライン専用アプリです。
無料でダウンロードするまとめ
長くなりましたが、お伝えしたかったのは次の点です。
- スマホの所有率は上がっているが、アプリを使いこなせている高齢者は半数程度
- 音楽アプリを選ぶときは、文字の大きさ・操作のシンプルさ・音量増幅・オフライン対応・日本語対応の5点を見る
- 加齢性難聴は高音域から進むため、音量を上げるだけでは解決しない。イコライザーで聞こえにくい帯域を補正するほうが安全で効果的
- VoicyCareは音量200%増幅と5バンドイコライザーを無料で使えるが、ストリーミングや歌詞表示には非対応。得意分野は「手持ちの曲をちゃんと聞こえるようにすること」
- 家族のサポート(初期設定・プレイリスト作成・操作メモ)があると、一人でも使い続けられる可能性が高まる
- 聞こえにくさが気になる場合は、アプリの前にまず耳鼻咽喉科の受診を
このアプリを作ったきっかけは、自分の親が「もう音楽は聞こえないから」と諦めかけていたことでした。イコライザーで高音域を少し持ち上げたら、「あ、歌詞が聞こえる」と驚いていた顔を今でも覚えています。同じような方の役に立てればうれしいです。